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「ぁ__ ふわっくしゅっ」
手を口にあてがう事もせず、大きなくしゃみを一つ、二つ。
頭上の時計を見上げると、時刻は5時20分を過ぎた所だった。
わたしはもう少しこの場に留まる事にした。
あの男の風貌と周囲の淡い色の景色に、瞬く間に惹かれたのだった。
長い間その場所をレンズ越しに見ていると、ちらほらとその男が穴の中から外の様子を伺う姿が見えた。
天候が気になるのだろうか。先程から少しずつ降り始めた小雨の中、フードを被り直したわたしは
その男の行動を「しか」と目に収めようと気を張り詰めていた。何時しか雨が本降りになっても尚の事。
そのうちに男が穴の中から全く出てこなくなったため、ここにきてわたしは
「観測場所」を変えることにした。ここからではレンズ越しでも穴の奥までは見る事が出来ない。
わたしは正面からあの場所を見るために周囲を見渡してみた。橋の下の砂利道は丁度直角に曲がっている。
その道を真っ直ぐに行けば、あの場所を真正面に捉えられるだろうか?
正反対の方向には、滝を挟んで沢山の薪が敷き詰められた階段が見える。
その先には石段のしきりが設けられた小道。一度、橋の対岸まで歩いた先のアスファルト沿いから
レンズ越しに小道を見ると、先には見覚えの有る街灯が立っている。
白い木造のテーブルに、樹齢数百年は経過していそうな太い丸太が半分だけ地面から顔を出し、
横並びに規則正しく設置されたあの場所。わたしが先程まであの男を眺めていた場所のすぐ傍だ。
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