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それからお決まりのランやアップをこなして、それぞれ課題の技の練習を始めた頃、高真はリンクの中を走る7人に聞こえるように言った。
「よーし、曲かけるぞー! 順番はいつも通り! 曲のかかってる者が優先! ちゃーんと避けるんだぞー!」
すると高真の近くの壁にたまたまもたれていた田中がふきだした。
「ちょっと在原さん、僕ら7級持ち…!」
言ってる途中自分でも「これは違うな。」とは思ったが、言いきってから指摘されると高真自身も笑ってしまう。確かに7級持ちの彼らには「常識」だし、いつもは言わない。じわじわ増えてきた駆けだしスケーター達のスポット指導が身についてしまうのだ。CDをトレイに置いて唸りつつ、笑いを噛む。
「癖とはゲに恐ろしいな」
「あはははははっ!」
高真はすぐに笑ってしまう田中を手で促して、位置につかせた。
マスクの鼻先をピッと直し、ふぅっと息をついて左手で頭を抱える。自身の才能に思い悩むクリスチャンの出足は、まだこれぞという緩急がつけられない。
「4トウクリア…」
高真は壁にもたれて見守りながら呟く。黒いロングダウンを身に纏い腕を組み、仁王立ちする長身美形は黒い支配者みたいだ。高真達が率いるこの上級グループの貸切練習は和気あいあいとしながらも、こうして曲の通しで練習をみてもらう時ばかりはピリッと空気が張りつめる。
この中では一番新入りの皆川などは吐きそうなくらい緊張しながら田中を避けて軌道の確認に余念がない。まずまずなロクサーヌの終わりを見て高真が三度御褒美の拍手をやると、田中はマスクをズラして笑顔を見せた。それから呼びつけて、良かった点、改善点を伝えて残り時間はまた復習するのだ。
「つぎ、皆川かけるぞー!」
そしてタブレット片手にスイッチを押す。
「眼光が鋭すぎるよね~」
その声に高真は二度見した。いつの間にかリックがリンクに入っていて、バンビとまったり並走しながらこちらへ来ていたからだ。
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