蟲について

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やがて腹の虫が鳴く頃に、私は台所で食べ物を探していた。 冷蔵庫のホワイトボードには、母親の書き置きがあった。年甲斐もない丸っこい文字で“夕飯はてきとうに”と書かれている。 おまけに、語尾にはハートマークがついていた。 ところで、何でハートは可愛らしいものの代名詞になっているのか理解に苦しむ。 だって、心臓でしょ? 冷蔵庫を開けると、ひんやりとした冷気に混じって鼻を衝く異臭が漂った。 韓国ドラマにハマっている母親のキムチだ。 ファン心理というものは異常だと思う。好きになると身も心も一色に染めたがるのだ。 私は、徐々にキムチ色になっていく母親を憐れんだ。 そして、キムチと調味料しかない冷蔵庫を睨んだ。
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