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それは、ある日のことだった。
とある三月の半ば。
入学した高校の一年の過程を終え、次なる高校二年生へ向けて色々と準備をしていた春休みの土曜日午後8時32分。
身体を鍛えることが趣味である俺こと九藤昴流(くどうすばる)が、毎日、欠かさず続けているロードワークから家に帰り、掻いた汗をタオルで拭きながらリビングに入ると、
「おかえり。昴流」
そこには俺に、にっこりと人の良さそうな笑顔を向ける男性がいた。
「ああ。ただいま、父さん」
その男性を、俺は父と呼んだ。
九藤幹信(くどうみきのぶ)。それがこの父親の名前だ。
髪は黒で、男性にしては若干、長め。
顔にはあちこちに小皺が目立つが、なかなかに整ったせいか、そこまで違和感は無かった。なんつーの? 渋いオヤジ的な?
もうすぐ四十代に突入するのだが、それにしては若く見える。
俺は父さんに帰りの挨拶をして、冷蔵庫に近付き、開けて中から紙パックの牛乳を取り出した。
そして、近くの台所からガラスコップを取り、それに注ぐ。
「昴流」
牛乳の入った紙パックを冷蔵庫に戻した瞬間に、父さんが俺の名前を呼んだ。
「何だ?」
聞いて、俺は牛乳を一口飲む。
「大事な話がある」
「何だ? 宝くじで五億でも当たったか?」
「……当たる以前に買ってないんだけどね。まぁ、ともかく、大事な話だ。ここに座りなさい」
そう言って、父さんは自分が座る椅子の前の椅子を指差した。
俺は椅子の前にある大きめな机に、持ってたガラスコップを置いて座った。
「実はな、昴流」
「ああ」
「父さんな……」
そこで、一拍置き、
「再婚することになった」
その言葉に俺は、
「……はい?」
だった。
「だから、再婚だよ。再婚。ほら、父さん、お前の母さん……僕の奥さんと離婚しただろ?」
「笑顔で言うなよ……」
「で、別れて数十年。いい相手が見つかってね。同い年で同じく離婚してたそうなんだ」
「へぇ……。……っつか、そういう話って、普通は決める前に息子である俺に話さないか?」
「あ、ごめん。話すの忘れてた」
……この親は……。
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