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「貴女とここで会えたことは、運命なのだと確信しております。聞いてください」
驚く女の瞳を真っ直ぐに見つめながら、男は語った。
それは昨日のことだった。
突然の藩主の命で江戸に向かうことになった。
旅支度をしていると、箪笥の奥にある藤色の羽織りが目についた。
「…これは確か」
数年前までお世話になっていた武人に頂いた羽織りだ。
裁縫の好きな奥方が繕ったものだと言っていた。
その見事な出来映えに、改めて感心する。
あの御仁が亡くなって間もなく、ただ一人の御子息も病で亡くしたという。
三月程した頃家を訪ねてみれば、既に実家へ帰されたと聞いた。
夫も子供も失った女が生きるには辛い場所だったのだと、安易に想像できた。
羽織りを見つめながらふと思い出す。
そう言えば奥方が帰されたという在所は、江戸への通り道ではなかったか。
とはいえ、もう何年も経っている。
嫁いだかもしれないし、家を移ったかもしれない。
今もその村にいるとは到底思えない。
しかし、何故だかとても気になる。
羽織りを見つけた所為だろうか。
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