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己の耳を疑う。
だが、聞き返したくない。
聞き返せばまた面倒な事になるとわかっているからだ。
だが。
「ね、いいでしょ?決まりね!」
「………」
「ねぇ、何が必要?おじさんに言って用意してもらわなきゃ!茶碗と、茶筅と…?ああ、さっぱりわからない」
「…ちょっと待て」
「そしたらちゃんと着物で来なくちゃね。実はちょっと憧れてたんだ、お茶点てるのって!」
「待て…!」
「へ?」
声を荒げた俺に少女は呆けた顔を向けた。
…このように声を張るなど、何時振りであろうか。
声を出す事は、これほどまでに疲労を誘うものだったか。
「言っておくが、教えるつもりは毛頭無い」
「えぇっ…!」
「ついでに言うと、点てた茶が飲みたい訳でも無い」
肩までの髪の少女は眉を寄せ、言葉の意味を探っているようだった。
「普段俺に出している茶をまともに出せるようになれ」
「普段って…煎茶のこと?」
「そうだ」
少女は幾度か瞬きをすると、手元の盆に目を落とした。
「この際、作法はどうでも良い。ただ、煎茶にも淹れ方がある事を覚えろ」
「へぇ…」
少女は感嘆すると、意欲と好奇心に満ちた人間特有の強い瞳を俺に向けた。
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