序章

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  翌日、朝早くから馬を走らせてこの村に入った。 小さな段々畑に野菜を作ることしか出来ない、乏しい村だ。 宿場町へはまだ遠い。 日が落ちるまでにそこへ行き、宿をとらなければならない。 奥方の事を聞いて回る時間はないし、そんなつもりもなかった。 この村で馬の足を緩めたのもただの気休めだ。 朽ちかけた家が並ぶ道を、馬でゆっくりと進む。 不意に風が吹いて、右頬に舞った木の葉が当たった。 つられて右に顔を向けた時。 端の家から女が鍋を片手に出て来るのが視界に入った。 ――まさか。 男は手綱を引いて、朽ちかけた集落に馬を進めた。 近付くにつれ、男の目が見開いていく。 鍋を持って物乞いする女は、身なりは違えど、見紛うことなくあの御仁の奥方だった。 「全て、偶々なのです。偶々藩主から私でなくとも良い仕事を言い付けられ、偶々貴女の羽織りを見つけ、期待もせずに少しだけ見て回った村で、偶々貴女を見つけた。これを運命と言わずして、何と言いましょうか」 男は女の手を取り、立ち上がった。 「共に参りましょう」  
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