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女は泣きながら恋仲の名前を呼んだ。
…これは、俺が呼んだ悲劇なのか。
俺が高利貸しの男の元を離れた故の悲劇。
あの時、偶々そこに居合わせただけなのだ。
ここでこうしてこの女に再会したのは、由縁あっての事なのか。
「女」
呼べば、澱んだ視線をゆるりと寄越す。
「…どうもしてやれんが、最期の刻を変わってやることはできる」
但し。
そう続けながら女を観察する。
うつ伏せ寝の状態で肢体を完全に押さえられ、最早目しか自由に動かせない。
これでは到底…。
「…お願い、します」
女が小さな声で呟く。
「いいのか?」
「…痛くて、辛くて、もう…。どうなってもいいから、助けて…」
血と泥で汚れた女の涙が地面に落ちた。
頷くと、女の額に手を添える。
女は最後に恋仲の名前を呟くと、目を閉じて俺に身体を委ねた。
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