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馬の蹄の音が薄明るい部屋に響く。
そっと目を開けて障子に目をやれば、暁に照らされた馬と人間の忙しなく動く影がぼんやりと浮かんでいた。
…五月蠅い。
目を閉じて眉間に皺を寄せていると、隣の布団で寝ていた男がゆっくり半身を起こす気配がした。
「…起きているかい?」
「あぁ。外が騒がしくて起きてしまった」
目を開けずに言えば、男は小さく笑う。
「君は奥の部屋に居ると良いよ。…出来れば耳も塞いで、その姿も薄くした方が良い」
空を裂くような怒声や不躾な足音より、隣の男が寝間着を脱ぐ衣擦れの上品な音が耳に入る。
「私の客のようだから行くよ。
君はもう好きなところへ行け」
常盤色の着物を身に着けると男は振り向いて笑った。
俺は確かに目を開じている筈だが、何故か状況が詳しく目に浮かぶ。
蹴り上げられた行灯から零れる鰯油の色も、暁に煌めく刀身も。
乱暴に倒された帳場箪笥の中身が部屋中にぶちまけられ、押し寄せた男達に踏み荒らされる様も。
常盤色の着物の男が何よりも大切にしていた物が文机から落とされる。
その時、男が見せた儚ない笑い顔も。
ああ。
これは夢か。
俺は過去の夢を見ているのか。
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