431人が本棚に入れています
本棚に追加
火の粉が煽られ、夏の夜の空に赤い龍が渦を巻く。
昼間のような明るさに江戸の町が喰われていく。
「一緒に来ないか?」
橙の明かりに照らされた男の顔は笑って見えた。
「どちらを所望している」
「遊女に興味はないよ。座敷童である君に力を借りたくてね」
「…女廊屋のなれ果てを眼下に見ておいて冨を欲するか」
「そうだな。欲しいものは欲しい」
笑ってはいたが、男の目には一切の迷いが無い。
入れ物にしていた女から抜け出ると、男は俺と倒れた女を交互に見て感心したように息を吐いた。
「ほう、それが元来の姿かい」
「元来など知らん。成りやすい形に成っただけだ」
「取り憑くだけでなく自由に姿を創れるのか?それは便利だな」
男は俺の全身を隈なく見ると満足げに頷いた。
欲しいものは欲しい。
そう言っていた男に散々歩かされ、いくつかの関所を越え、山奥の村に連れて来られたが、道中、自身への冨を欲する事は無かった。
掴み所がない、と言うより扱いにくい男のような気がした。
最初のコメントを投稿しよう!