上弦の月の章

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  虫の鳴き声が響く畦道を歩く。 「君はこの世の政を知っているかい」 「知らん。俺が知ってどうなる」 そう答えれば、男は真面目な顔で「あれは連判状だよ」と言った。 「…ここの藩は徴税の仕方が酷くてね。一年前に強訴をしたんだが、結局あの手この手を使い幕府の名を借りてまで増税に踏み切られた。藩主の顔が広いというのも考えものだ」 「…そんな相手に直訴などしたら殺されるんじゃないのか?」 「子供のくせに物騒な事を言うんじゃない。…大丈夫だ。藩主様は、本当はお優しい方なんだよ。ただ江戸での仕事が忙しく、国元を見る余裕が無いだけだ」 子供ではないが。 そう言い返そうと思ったが、男の表情を見たら何故か口を挟む気が失せた。 「目を向けていただく為に、今一度一揆を起こす」 「そうか」 「はは。君は本当に興味が無いんだな」 「そうだな」 男は道端のすすきを手折るとその花をしごいた。 そのまま一振りすれば、秋色の種が綿毛と共に舞い上がる。 「人間が生きるのに必死になる様は、君の目には滑稽に移るかい?」 「そうでもない」 「そうか」 登り始めた月がすすきを夜空に誘う。  
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