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翌日、代表の数名が江戸へと発つのを見送った。
その足で藩邸が見える高台へと登る。
「…友人なんだ」
土を踏み締める音にすら負けそうな程の小さな声で、男は不意にそう呟いた。
「…幼い頃だがね。今の藩主様とは、共に野山を駆け回って遊んだ仲なんだよ」
藩主の子と、庄屋の子と。
身分を知らない時分に知り合った純粋な二人は、毎日日が暮れるまで遊んでいた。
「絵がとても上手でね。彼が絵を書き、私が字を書き…。その絵馬を何枚も神社の境内にぶら下げたものだ」
男は懐かしむように目を細め、茜色のとんぼが飛び交う空を仰いだ。
「彼は、とても博識で仁愛ある人間だった。…優秀であるが故に幕府に気に入られ、抱え込まれてしまったがね。
…だが私は信じたいんだよ」
小さく見える藩邸を見据えながら、男は眉を垂らしながら笑っていた。
江戸の藩邸に書状を提出した代表の者達が捕らえられたと知ったのは、暫く後だった。
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