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その日の深夜だった。
提灯を携え上等な着物を着た、いかにも好々爺といった男が訪ねてきた。
「…これは家老様。このような時分に如何されました。この御時世に御一人で出歩かれるなど…」
男はその好々爺を家老、と呼んだ。
外に目をやるが、他に人間の居る気配はない。
「なに。ひとつ尋ねたい事があってな」
「何でしょうか」
「朝に立者の回し者が集会を告発する密書を持ってきたんだが、書かれていた刻には既に集会は終わっておった。一網打尽にする計画だったのだが失敗に終わってしまってな」
「…そうですか」
「しかしのォ~…どうも可笑しいんだなぁ」
「可笑しい、とは?」
人の良さそうな家老の細い目が提灯の明かりで煌めく。
「虚報を伝えた男を取り調べたんだが、代書屋に伝えた刻と書かれた刻が違っているらしい」
「……」
開けられたままの戸口から、風と共に虫の声が家に舞い込む。
「宵五ツ、と書いたのは故意か?」
背中では表情がわからないが、男は堅く口を結んだまま家老を見ていた。
ややあって、家老が柔らかく微笑む。
「…なに。今すぐにお前を捕らえようと言う訳ではない。此方にも情というものがある」
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