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男が帰宅した。
目が眩む程の月明かりが部屋に差し込む。
半刻程しか経っていない筈だが、何故か長く感じた。
「…まだ起きていたのかい。さ、もう寝よう。直に空が白んでくる」
男は硯箱を文机に置くと寝間着に着替えた。
――何をしていた?
その言葉が口から出かけて思いとどまる。
俺が人間の行動に固執するなど。
布団に横になり目を閉じた。
男は気付いているのかもしれない。
脱いで畳んだ常盤色の着物から仄かに香る血の臭い。
何時もより乱暴に置かれた硯箱。
…それに俺が気付いていることを。
「俺に、いつか役に立ってもらうといっていたな」
俺の声に、隣で寝ていた男が此方へ顔を向けた。
「…ああ、言ったな」
「それは、今ではないのか?」
障子から漏れる月明かりの中、男が目を見開いた。
「………君は」
「…早く、何か寄越せ」
そう呟いて再び目を閉じた。
…この腹に渦巻く感情は何だ?
奇っ怪な感覚の所為で眠れんかと思ったが、目を閉じているうちにいつの間にやら意識が遠退いていた。
――男と過ごす最後の夜は、禍々しい程の月明かりと共に
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