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見事な秋晴れの昼間だというのに、窓も無いここは薄暗い。
湿った土の匂いに混じる、血の匂い。
外からは何かを打つ音と呻き声。
大勢の激しい怒声。
牢屋の格子をすり抜けて、奥に横たわる黒い塊の前に立った。
「……何故、ここに来た」
黒い塊は身体を起こすことなく、渇き切った唇だけを動かした。
その声は酷く掠れている。
俺は手に持っていた風呂敷包みを塊の前に置いた。
数日振りに見るその顔はやつれ、汚れ、赤黒く腫れ上がり、常盤色だった筈の着物は黒に染まっている。
「大事な物なんだろう?手放すな」
「…取り、返…て、きたのか……」
「役人の机の上に置きっぱなしだったからな」
男は風呂敷包みをじっと見ていた。
俺も男の顔を見ていたが、男のそれがどういう感情かはわからない。
「…もう、いらぬ」
「いらんのなら俺に寄越せ」
早く寄越せ。
そう思うのに、男は返事をしない。
「…家老さまを、殺した」
「だから何だ」
「……その硯で、殴り殺した」
「だから何だと聞いている」
聞いているのに、男は僅かに笑うばかり。
ぴくりとも動かぬ男に顔をしかめた。
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