上弦の月の章

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  「…大切な、硯だった。それを、只の、石ころにしてしまった」 「宝だろうと石ころだろうと構わん」 「…駄目だ。君には、やらんよ。さっさと、返してくるんだ」 「返すとは何だ。お前の物だろう。俺に寄越さんのならば、さっさと自力で此処を出ろ」 「四肢の、腱を切られた。…もう、動く事も、書く事も、できん」 だから何だと言うんだ。 進まぬ話に、更に眉間に力が入る。 そんな俺を見て、男は何故か笑った。 「…君は、人間臭い妖だな」 「人間だと?俺が?」 「…ああ。最初こそ、どう使おうかと考えていたが…、只の子供に、頼るなど…出来る筈が、ない」 「見くびるな。お前より百何十年と長く生きている。姿が気に食わんのなら、壮年男にでも老婆にでも変えてやる」 「どんな姿形であれ、君は、子供のままだよ」 拷問を受けているのだろう。 外から断末魔のような叫び声が聞こえた。 その声が恐ろしいとも思わない。 直ぐ隣で誰が死のうと構わん。 そんな俺の何処が子供で人間臭いというのだ。 「此処を出る気は」 「ない」 竹を切るように返される言葉に迷いは無い。  
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