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「これはなんだ…?」
文に気付いた家臣がにじり寄りそれに手を伸ばしかけてすぐさま引っ込めた。
「なんだこれは…!血…血ではないか!こんなものを殿の御前に出したのは誰だ!」
「今…!今しがた湧いて現れたのだ…!」
「農民共の怨念では…!」
一気に混乱の輪が広がる人間共を冷めた目で見ていたが、それらを黙らせたのは藩主だった。
「少し、独りにさせてくれ」
その一言で家臣達が去ると、藩主は静まり返った部屋で血で汚れた文を手にした。
文字に目を通して、手で触れる。
「………これは」
そう呟いた時、藩主ははっと顔を上げて俺の姿を捉えた。
「……お前は何だ」
「………」
「これは、お前が持ち込んだのか」
「………」
藩主は俺の答えを待つより先に、再び文に目を落とした。
「…これを書いた者は」
「死んだ」
そう言うと藩主は弾けたように顔を上げる。
その顔は何とも情けなく頼りない、ただの若僧だった。
「…端渓の硯を持った男だったか…?」
「………」
無言を肯定と受け取ったのか、藩主の顔がくしゃりと歪む。
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