上弦の月の章

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  「…賢いあれには相応の代物だと、私が贈った物だ…。身分に捕らわれず、将来は私と共にこの藩を盛り立てて欲しいと…」 堰を切ったように藩主の目から涙が溢れ出た。 「…本当は、気付いておった。あれがあちら側におると。連判状の懐かしい文字に気付いていながら、私は、見て見ぬ振りをしたんだ」 文を握る藩主の手はぶるぶると震え、血の管が浮き出ていた。 「私は、どうすれば良かったと言うのだ…!」 ついに藩主は唸り声を上げて泣き出した。 阿保らしい。 そんな事を聞かれても答えなど有る訳がない。 貴様がそう選択した。 それだけが唯一の答えなのだ。 泣き崩れる藩主の背中を一瞥して部屋を後にした。 『座敷童である君に力を借りたくてね』 そう言って近付いてきた男は利己では無く、破滅が予見できる藩主の力添えをさせるつもりだったのだろう。 さっさと見限れば長生き出来たものを。 常盤色の着物の男が最期まで案じたのは、庄屋農民でもなければ藩そのものでも無い。 友人、ただ一人。 あの文の内容はそれだけだった。  
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