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息を潜めたまま此方を伺っているが、その場から離れはしない。
まあ良い。
俺も暇にかまけて声を掛けるなど、馬鹿な事をしたものだ。
目を閉じて眠りに就こうとした時、壁の向こうの男が恐々と俺を呼んだ。
「…まだ、其処にいるか?」
「ああ」
「…何処の藩の者だ。佐幕派か、それとも」
「面倒な遣り取りはせんと言ったろう」
「…私は甥を殺した男を、殺したい程に憎んでいる」
壁の向こうの男は震える声で呟いた。
何処の誰とも知れない俺に告白するのは賭なのだろう。
だが、賭に買った。
俺は立ち上がると壁をすり抜ける。
一組の布団が無造作に置かれただけの部屋に、壁に耳を押し当てる中年男がいた。
突然現れた俺を見て声を上げ、側にある脇差しに手を伸ばす。
だが、其奴は脇差しを持てない。
「なっ…!何だこの重さは…!馬鹿な、刀が動かぬ…!一体何が……ひっ」
そのまま近付く俺を見て、身体を震えさせてから目を丸くした。
「子供のあやかし…?」
「子供ではない」
「…先程私と話していたのはお前か…?」
「そうだ」
見下ろして言えば、男は息を吐きながらゆるゆると身体の力を抜いた。
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