十日夜の章

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  「なぁに?わらし、何だか楽しそう」 少女の声に顔を上げた。 肩までの髪の少女が嬉しそうに笑いながら俺の顔を覗き見る。 口の中の干菓子はとうに消えていた。 「楽しそう?」 「うん。ちょっとだけ笑ってる様に見えたから」 「…笑った覚えなど無いが」 笑う、とは。 口の端を釣り上げる事だろう。 ならば俺は我にも無く口の端を動かしたのだろうか。 そんな馬鹿な、と眉を寄せる俺に畳み掛けてくる事も無く、肩までの髪の少女は「そう?」と受け流した。 「ね、次はどれ食べる?梅とかお薦めだよ!」 …何故この少女が嬉しそうにしているのかはわからんが。 嬉々として差し出す盆の中に、梅の干菓子がひとつ見える。 漆器の黒に梅の紅が映え、それが僅かに俺の脳を揺さぶる。 俺の中に眠る記憶がまたひとつ呼び起こされようとした。 脳裏にちらちらと見え隠れするのは、黒の洋装に身を包んだ男と梅の香り。 「…?なに?」 「いや、何も」 …今日はもういい。 芋づるのように余計な事を思い出していけば、先程思い出した面長の男の記憶が薄れてしまう。 ――思い返して感情にする、か。 いつか俺にそう言った少女を見ると、間抜けな顔を不思議そうに傾げた。  
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