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美濃三人衆の一人であり家老職であった安藤守就(アンドウ モリナリ)は、愚鈍を演じている重治の実力を早くから認めていた。
重治に接近して盛んに娘の阿古(アコ)を妻にするように口説いていた。
重治は、『我は、安藤殿が思っているような人間ではありません』
その度に都度断っていた。
竹中の家督でさえ重荷に感じている自分が、嫁を貰い普通の武将となることは、不可能と考えていた。
家督を弟の久作に譲り、人里離れた山奥で大自然に囲まれ、隠者のような生活をしたいと本気で思っていた。
そんな自分が妻を迎えて普通の夫婦生活を送る姿は、想像がつかなかった。
守就は、余程重治に惚れ込んでいるのか何度断られても諦め無かった。
「半兵衛殿頼む阿古を貰ってやってくれ。」
重治は、裏表の無い、実直な守就の人柄が好きであった。
頼みを断りきれずついに重治は、阿古を嫁に迎えていた。
夫婦となった最初の夜に重治は、
『我は、軟弱ゆえ長くは生きられないだろう。
我は、城や領地、地位等には、一切執着しない。
立身出世に興味が無い。
夢は、天下万民の為に采配を奮うこと。
戦乱の世を終わらせて誰もが笑って暮らせる平穏なる世の中を築く為に命を懸ける...。
ゆえに、この菩提山城もいずれ、弟の久作に譲り、隠居することも考えているのだ。
一生人里離れた山奥で隠者のような暮らしを続けるかもしれない。
我にはそのような生き方しか出来ないのだ』
「私には、難しい話は理解できません。
父守就が惚れ込んだ貴方のことは、父から充分に聞いておりました。
ですから私自身も望んで半兵衛様の妻となることを決めました。
貴方の夢は壮大ですが、生涯あなたを支え続けます」
阿子は、美しく微笑みながら重治の沈着冷静な瞳を見つめていた。
二人の距離は、縮まり愛と絆が芽生え始めていた。
華奢に見える女性のような顔立ちの美男と父に似て逞しい目と優しい母の顔立ちを合わせ持った美女は、歳を重ねるごとにそれを育み深めることになって行く。
阿古自身も、後に重大な出来事に関わり、大事な役割を果たす宿命にあった。
様々な運命と縁が二人を結び付け、その後の新たな運命と縁を奏でて行く。
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