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夏祭り当日、おれは朝からソワソワと落ち着かなかった。
唯との約束は五時。時間がたつのがこんなにも長く感じたのは、かなり久しぶりだ。その日も、脳ミソが溶けそうな暑さだったけど、夕方のことを考えたら、それすらもありがたく思ってしまうくらいだった。
死ぬほど待ち遠しかった約束の時間になり、家の前で待っていると、唯のうちのドアが、開く音がした。
「おっせー…ぞ…」
言葉の最後が、うまく言えなかった。
「えへへ…似合う?」
唯は、ほんのりとピンクのさくらがところどころに描かれた、ゆかたを着ていた。そして、黒塗りに赤い鼻緒の下駄に、アップに結った髪。
…ヤバいくらい、かわいい…。
「お母さんにね、着せてもらったの。…へん、かな…?」
あまりに、何も言わないでいるおれに、不安になったのか、ちょっと心配そうな顔で唯が聞いてくる。
「…いや、いんじゃね?」
…いんじゃね?…どころじゃない。最高だ。
唯は、ほっとしたように、にっこり笑い、
「よかったぁ!じゃ、早く行こっ?」
と、おれのシャツの袖を、ちょんとつまんだ。とたんに、唯の甘い香りが、ふっと鼻をくすぐる。
その手をにぎりしめて、駆け出したい気持ちを、無理やり、すさまじい苦労で押さえ付けて、
「あんま、急いだら、こけるぞ!」
おれはゆっくり歩きだした。
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