第一章・―記憶―

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 私は必死になって看病した。妻を失いたくない一心で、僅かでも良いから、奇跡を信じて、必死に……。  だが思いは天に通じず、いっそ呪う程の祈りすら空に消えて、妻は還らぬ人となった。 「わたし、私、は」  私は、耐えきれなかった。妻を失った哀しみに。ぽっかり空いた傍らに、独りぼっちの、広すぎる我が家に、全てに耐えきれなくなって、だから返してもらおうとここにきた。  そうだ。  私は、自らの意思でここにきた。  失った、大切な、かけがえのない人を取り戻すためにここにきた。  痛みを感じて腕を、手首を見た。  横一直線にある、深い深い傷痕から鮮血が滴り落ちる。
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