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古ぼけたアパートの階段を軋ませながら昇る。そして誰も居ない、狭く暗い自分の部屋に入り、チカチカと目にうるさい蛍光灯を点けた。
畳の床に寝転がると染みだらけの天井が見える。アブがブンブン唸りながら蛍光灯に体当たりを繰り返す。若い頃の自分を思い出す。
回想に耽ろうとした所で、隣の山田のイビキが、邪魔をしてきた。もう嫌だ。薄っぺらい壁は隣の大イビキを遮る事が出来ないくせに、湿気を外に逃がさない。
カビ臭さと惨めさに鼻がツンとする。四十も後半のおっさんが一人部屋で泣くなんて、惨めの極みだ。余計に涙が零れそうになる。
こんな父親の姿を見て娘は何て言うだろうか?
呆れて声も出ないだろう。いや、それ以前に見向きもされないか……。
単身赴任の身、遠く離れた家族と連絡をとらなくなって久しい。私の携帯電話の通話履歴は仕事のモノばかり。
この僅かばかりしかない通話料金の請求書が、私の生存声明の替わりだ。
年頃の娘というのは多く父親を嫌うモノだが、我が家はそれが顕著だった。もはや娘にとって私はただの物質で、近付くのも忌まわしい汚物らしい。
私の単身赴任の話を聞いた時、娘は眉一つ動かさなかったが、その目が一瞬だけ輝いたのを私は見逃さなかった。
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