小さなおっさん

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 ぷかぷかと湯に浮かびながら、私はさっきしがみついたのが人の指で、突然引き剥がされたのは振り払われたからだという事を知った。  30年前の事が頭に浮かぶ。  私は小さなおっさんになったのだ。  直前に望んだ通り、人間を辞め、小さなおっさんになってしまったのだ。  しかし何故、何故私はこのような仕打ちを受けてなければならないのだろうか? 私はそんなに罪深い人間だったのだろうか?  ……心当たりは、あった。 小さなおっさんを殺し、オヤジ狩りに興じ、しかしそれだけだ。世の中にはもっと罪深い人間は居る。彼らも同じような仕打ちを受けるのか?  ――大きな手が迫ってくる。この手は私を沈めようとする手だ。目立った抵抗も出来ず、熱い湯に呑み込まれる。 風呂の湯の中で目を開ける事は、いつの間にか出来なくなっていた。  途切れかけの意識で考える。 小さなおっさんになりたいと望むのは、人間辞めたいと望むのはそんなに罪深いのか? 私は神にすら嫌われるほど醜悪な姿をしていたのだろうか?  何も分からない。考えるのも面倒だ。自殺も面倒だったのだ、丁度よかったのかもしれない。
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