花はささやく

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 江戸の賑やかな大通りに、最近、開店したばかりのおしゃれな呉服屋があった。  不運な事に、ここは開店してすぐに、うつろ船事件の被害にあってしまった。  新装開店で勇んでいただけに、町の人達の間では同情の声がよく聞かれたが、皮肉にも、それによって、この店の名は江戸中に広まる事になった。  さて、この店の裏庭には大きな倉がある。  そこが愚霊に盗みに入られた問題の場所だった。  この倉の周りには広い庭があり、高い塀で四角くグルリと囲まれていた。  その塀の隙間から、可愛い子供の顔がヒョッコリと突き出て、なにやら辺りをキョロキョロと見回している。  その子供とは、もちろん才円だ。  才円は辺りに誰もいないのを確かめると、小さな体をうまく折り曲げて、堀の隙間から中へと這っていった。  才円が人の家にコッソリ忍び込むのは、もちろん初めての事だ。緊張で思わず喉がゴクリと鳴る。
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