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『重枝楽しみにしてろ。もう少しで食えるからな。』
日に日に大きく育つさくらんぼのように僕の罪悪感も日に日に募り大きくなっていった。
さて、ついにとうとうこの日がやって来てしまった。
大きく育った実は、色を黄色から赤く染め、艶やかにそしてりっぱに、何処に出しても恥ずかしくない一人前のさくらんぼとして成長を遂げていた。
『ほら。尚登、さくらんぼ美味しそうに育ったろ』
クールな彼がにこやかに自分の娘(実)の手(枝)をとり、僕の前へと差し出した。そして僕は彼の娘の手をとった。
それは結婚式でバージンロードで新婦の父親から娘を任された新郎の気持ちのようだ。
『…一生大切にします。お父さん…』
『…?何を訳の分からない事を言ってるんだ。一生大切にしなくていいから、今すぐ食べてくれ。』
『ごめん…。つい気が動転してて…それじゃいただきます。』
神様仏様お母様。僕は今日友人?を食べました。
『どうだ。上手いだろ』
『…美味だ!肉厚な果肉から滴る果汁がほんのり甘く、それでいて張りのある真っ赤な薄皮の酸味が、口の中に広がり、あたかも春の青風を受けて伸び行く木々の元、出会った二人が一瞬にして恋に落ちたような味がする…。』
『…ごたくはいいけど、芯と種は忘れず出せよ?』
僕は種を出しながら気になったので桜木君に聞いてみた。
『これ植えたら桜木君が生えて来るの?』
『まさか!』
『アハハそうだよね。あとさ、食べた実の事なんだけどさ。桜木君の子供じゃないよね?』
『違うよ。さくらんぼの実は人間で言えば、まぁ血とか汗とか毛とか、爪とか、老廃物のようなもんで、俺であって俺じゃないものだし』
『!?』
『それに種植えて生えて来るのは俺の子供。』
『!!?』
神様仏様お父様。
僕は今日、人として、あるまじき、とんでもないものを食してしまいました。
■第2話■
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