2章 龍ヶ淵

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(―――昔と大分地形が変わった。この辺りも、開発の手が入ってきてんだな)  悠久を生くるカイリたちにとっては時間など些細なことだが、問題なのは領域なのである。  カイリがまだ子供だった800年前に比べて、この辺りの森は急速に姿を消した。  森だけのことではない。  棲息する獣や同類の数も減少の途にある。 【カイリよ、至急に龍ヶ淵に来い】 「まさか、だよな」  嫌な予感がする。  そういうモノに限って、よく当たるのだ。  しとしとと弱まり始めた小糠雨の中、カイリは急ぎ足でぬかるんだ山道を登っていった。  カイリは契約後に人間の時を捨て、この淵の主に育てられた。  人よりも妖として生きた時間の方が多い彼だからこそ、故郷の危機に気が急いて止まないのだ。 「なんともイヤな里帰りだな。ひどく気がが濁ってやがる」  近づくにつれ、濃い死臭を感じる。  腐った肉と、血の匂い。  まるでこの周囲一帯が、死に包囲されているようだ。  ぱたっ……ペタ、ペタッ! 「なっ!?」  頬に触れたヌルリとした冷たい感触に、目は自然に頭上にかさばっている枝に向く。  カイリの頬に触れたのは、間違いなく冷えた血液だった。  かさばった枝には、ついさっき見かけた水馬の首が引っかかっている。  優美だった青い鬣は今や血にどす黒く変色し、冷たい雨風に悲しげに揺れている。  計画性もなく食いちぎられた首の断面はズタズタ。  おそらく、五体は四方の何れに散ってしまったのだろう。 「お前…」  水馬さえ敵わぬ妖が、この先にいるというのだろうか? ―――まさか?  カイリに、ひとしきり嫌な確信が生じた。  母からの書簡。  濃い死臭と、血の匂い。  真北へ向かった水馬。  そして、水馬は死んだ。  真北には、何がある? 「龍ヶ淵!?」  なにかがあったのだ。  カイリは、心当たりの場所へ走った。  「くっ…」  ヌルリと、滑りかけて踏み留まる。  彼が踏んだのは、決して水溜まりではなく、赤く咲いた夥しい血の海だった。  鋭く身を斬りつける冷気のに身を晒すカイリは、地に伏せて変わり果てた母を見つけた。
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