2章 龍ヶ淵

7/7
前へ
/13ページ
次へ
「…思い出した。妾も、むかし蝕まれたお前に同じ事をしたね」 「そうだ。思い出せて、本当に善かった」  カイリは僅かに滲む涙を片手で拭ってから、斗生を強く抱き締める。  斗生もやんわりとカイリの背中をを抱きかえしながら、やがて哀しげに呟いた。 「迷惑をかけたな…。この者たちの供養、手伝うてくれるか?」 「…もちろんだ」  斗生を蝕んでいたのは、開発排水による穢濁および穢瘁である。  淵の穢濁も消え、カイリは再び母の許を去らんとしていた。 「ねえ、カイリ。まだ戻る気にはならないか?」  風に舞う桜の花弁が、斗生の黒髪を撫でていく。  沼の端に咲く桜の大樹の傍、2人(?)は寄り添っていた。 「まあな、まだ知ることが多いもんで…。もうねえとは思うけど、なんかあったらすぐ呼んでくれよ?」 「分かってるよ」  ひとひら、一片と舞い散る桜が斗生の美しさを際立たせている。 「ホントかよ」  美貌の2人が寄り添うと、それは恰も一匐の絵画のようだ。 「ホントさ。お前は心配性だ」  嫣然と微笑んで、斗生は躊躇なくカイリの額に口づける。 「そっか。じゃ、また何かあったら絶対呼ぶんだぞ。いいな?」 「ああ」 「……よし」 カイリは人でも妖でもある、間(あわい)に棲まう『祓い師』だ。  不思議なるものを従えて、彼の旅は…今日も続く。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加