1章: 眇

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「そろそろ私も潮時だからね。カイリを、お前達の新たな主を頼んだよ」 「…もとより承知」  ひときわ濃い闇が地面から湧き上がり、一瞬にして前当主の輪郭を飲み込んだ。 「おいで、カイリ…視てはならぬ」  その闇から庇うように、斗生はカイリを抱え込む。 「斗生…父上は、還ったんだな」  整った少年の顔が、ひたと斗生を見上げてくる。  カイリは賢い子供だ。幼いながらに訣別を悟っていたのかも知れない。  だが、気丈な性格ゆえか黒目がちな双眸に涙はなかった。 「そうだよ。それが…我ら妖とあ奴の契約だからの」 「俺も、お前達と契約するんだよな…」 「そうだな」  斗生が明確に応えた瞬間、カイリの細い肩が跳ねる。 「斗生、俺はどうすればいい? 契約したら人ではなくなる…俺はどこに行けばいいの?」 ―――寂しそうな顔をさせて、エンジュめ…だから云うたであろう。  内心で深く溜息を吐いた斗生は、肩を震わせて泣くカイリの頭を撫でる。 「一族には戻らぬのか?」 「俺は父上みたいに強くない。一族は、弱い当主に従わないよ」  疲れた表情で呟いたカイリを慰めながら、斗生は肯定の意味で首を縦に振った。  穏やかに見えても、その水面下では邪な人間が跋扈しているのが人の世の常というものだ。  ひ弱な少年の存在を消すなど、造作もないことだろう。 「では、私と来るかえ?」 「斗生?」 「なに。心配は要らぬ、私はこれでも子供好きだぞ。まあ…手形は必要じゃが…そうさのぅ」 「なにを遣ればいいんだ?」 ―――困難を恐れぬ強い目。…あぁやはり、私はこの子供が気に入った。  毅然とした強い目が、真摯に斗生の返事を待っている。  斗生の喉が、こくりと上下した。 「そうだな、ならばお前の左目を貰おう。片目では不自由であろ? 替わりに私の目をやる」
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