1章: 眇

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「もし俺に目をくれたら…失くなった斗生の目は? 痛まないか?」  心配そうに背伸びするカイリを、斗生は初めて抱き締めた。 「お前は優しい子じゃな。心配ない、そこにお前から貰った目が嵌まる」 「お揃いだ」  これから目を取られるというのに、カイリは嬉しそうに斗生に甘えている。 「私の息子になるんだよ。嬉しいのかい?」 「うん。そしたら妖怪達とも仲良くなれるんだよね? もう、無理に働かせることもないんだ」  カイリが細い首を巡らせると、白い闇の中に大勢の妖が姿を顕した。 「おいで、妾のかわいい仔」  斗生はカイリを抱き寄せる。  そっと合わせた瞼ごしに、温もりが伝わってゆく。  触れ合った場所から青と赤の光の筋が泳ぎだし、互いの体内を目まぐるしく廻ってゆく。  しかし次の瞬間、カイリの全身が淡く青い焔に包まれた。  右目のみを遺して、じわじわと蝕むように他は凡て銀色に染まる。 「さあ、もういいよカイリ。目を開けてごらん?」  ふと耳に滑り込んできた母の呼び声に、いま新たに生まれたばかりのカイリは眩しそうに、ゆっくりと瞼を開けた。  銀色になった髪が、風に靡いている。  よく見ると、手は二本の角を握っていた。 「暖かい」  カイリは、ようやく自分が母・斗生の背に寝そべるように乗っているのに気付いて安心した声音で呟いた。  さわさわ頬に触れる、髪と同色の柔らかな鬣がくすぐったい。 「もうすぐ我が家だからね。しっかり掴まっておいで」 「うん」  遥か遠方に、人が作った街が見える。  もうシミ程にしか見えないが、懐かしいだとか戻りたいと思う気持ちは、終ぞ浮かんでこなかった。 「母さん、俺…祓い師になるよ。人と妖の掛橋に」 「さての…何百年かかることやら」    忍笑う斗生に、カイリは精一杯頬を膨らせて…そして笑った。  時の権力者によって天下が平定され、それから世は移りに移り動いた。  そして、現在の元号は「平成」。  今もどこかで、カイリは人と妖の間…あわいを生きている。
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