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その日も僕は、ふらりと外を歩いていた。
気分まで晴れやかにするほどに暖かい日差しの下、並木が作る木漏れ日に包まれ、片手にケーキ屋の幸せの箱を持って、それはもう軽やかな気分だった。
「我慢ができない。これを頼む」
突然に、ずいっと手書きのメモ用紙が顔の前に突き出された。
「……近すぎて読めん」
「顔を離せばいいだろう」
読めないほどの近さにしなければいいだろう。
傾くはずのない正論を思う。
ただ、僕の考えはいつも簡単に曲げれられる。
対こいつには特にだ。
メモを持った仁王が動かないので、しぶしぶながらメモを奪う。
「なんだ、これは」
「今月のリストだ」
仁王は腕を組み、いっこうに立ち去る気配を見せない。
頼むといいながら、消してその姿勢を醸さず圧力を感じさせる。仁王立ちこそ正姿勢。
身長は僕よりずっと小さく小柄なはずの彼女は、気づくと僕の前に立ちはだかっている。
有無を言わさぬその姿こそ、僕が彼女を仁王と呼ぶ所以である。
仕方なしに目を落とすと、なにやら見慣れない単語が並んでいた。
こじゃれた単語の羅列の中に季節のタルトという文字を見つけて、ようやくこれがケーキの名前を書いたものらしいと判断する程度にしか、僕の中におしゃれな食べ物の知識はない。
「なんだ、これは」
仁王を見上げると、彼女は実にわかりやすく眉を寄せた。
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