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「ムーンだから、ムーちゃん。よろしくね。」
絵里は、届いた荷物の梱包を解き、中から出したロボット掃除機『ムーンDX』を充電しながら、話し掛けた。
「は。馬鹿馬鹿しい。掃除機に何がムーちゃんだ。」
夫の政司は毒づくと、朝から発泡酒の缶を開けて口をつけた。
絵里は、そんな夫を無視して掃除機に「行ってきます。お掃除よろしくね。」と言って家を出た。
夫の政司は、半年前にリストラにあい、現在は無職だ。
初めはハローワークにも通い、面接もいくつか受けた。
しかし、なかなか採用されないことに加え、共働きの妻絵里が会社内で昇進したことをきっかけに、政司は職探しを止め、家で一日中酒浸りになった。
「一家の主」であり「男」としてのプライドが、「妻」であり「女」である絵里に傷つけられた、働く意欲を台無しにされたと、何もかも絵里のせいにした。
初めのうちは絵里も励ましたりたしなめたりしていたが、そのたびに
「お前に俺の気持ちは分からない。」
「俺をバカにしてるだろう。」
などと言い返され、あげくに
「俺が傷ついてるのが分からねえのか、この冷血女!!」
とまで言われた。
結婚7年、子供のいない二人の仲は、完全に冷えきっていた。
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