それはきっと突然に

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「……行っちゃうんだ?」  濡羽色の髪がかすかに揺れるのを視認しつつ、僕は「うん。」と肯定した。  十九歳の、夏の終わり。 「やりたいことがあるんだ。どうしても、僕は其処に行かなくちゃならない。」  大きいとは決して言えないだろう声を、彼女は懸命に捉えようとしている。それは、出会ってから今まで、なにひとつ――そう、少なくとも僕の中ではなにひとつ、変わっていない彼女らしさ。それを脳髄に焼き付けつつ、僕は続ける。 「君と居ることが嫌なんじゃない、辛いんじゃない。ただ、こうしたほうが、少なくとも僕には、いいと思ったんだ。」  うん、と彼女は首肯する。声だけではない。身体だけではない。心が、そうしていた。 「わがままだけどさ、僕は君を置いて行く。」  うん、と彼女は返す。嗚咽が混じりながらも、それでも、ちゃんと耳を、心を、傾けてくれる。 「寂しくなるね。」  彼女が言う。そうだね、と返す。寂しくないわけがない。これまで、十九年間、家族同然のように――否、家族以上に、ずっと居たのだ。隣同士で。お互い譲らず。僕は彼女の、彼女は僕の、隣を、埋めてきた。  それが。なくなる。  寂しくならないわけが、なかった。 「たまには、」彼女が続ける。「たまには、連絡してよね。あんた、そういうの苦手そうだから、先に言っとく。」 「……そうだね。時差とか計算しないまま、メールとかしちゃうかもしれないけど。」  冗談めかしてつぶやく。さすがに深夜はやめてよね、とすこし口を尖らせて――そしてそれはたぶん、嗚咽を隠す動作のためでもあった――彼女は僕を見やる。  じゃあ、と僕は居住まいを正す。 「じゃあ、そろそろ、行く。」 「……うん。」  肩を震わせた彼女は、それでも、僕の前では泣くまいと、気丈で居ようと、その姿勢を崩さなかった。 「またね。」  ――次会うのは、たぶん来世かな。  彼女に届かせる言葉は、もうなかった。
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