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ぱぁん、と。乾いた音が響いた。
「橘、さん……」
「っあ」
一三四善司は叩かれた自らの頬に触れ、目の前の少女を見た。
その叩いた本人の橘和美は彼以上に呆然とし、はっとしたように一歩引く。
そうして目に入るのは、真っ赤に染まった彼の訓練服。
血ではない。ペイント弾によるものだ。
ごめんなさい、と動きかけた和美の唇が震え、引き結ばれる。
きつく握りしめられた拳。
「橘さん、あの、僕……」
「もう」
低く抑え込まれた声だった。
遮るようにされ、和美を見詰める善司の表情が悲しげに歪んだ。
「もう二度と」
蒼白な和美の顔。無表情に近いその中は、あらゆる負の感情が今にも爆発しようと渦を巻いているのだろう。
「絶対に、あんなこと、しないで」
言って、和美は踵を返した。
そして心配そうに窺ってくるクラスメイトに微笑む。
「ごめんね、情けなくて。だから……ちょっと自主練。行ってくる」
誰も何も言わなかった。
彼女に向けられるのは同情の目ばかりで、善司に責めるような眼差しを向ける者もいた。
善司が泣きそうな瞳を伏せ、俯く。
眞柴想一がくるくると髪を弄りながら何かを呟いている。また芝居がかった台詞を口ずさんでい
るのだろう。
人のよさそうな笑みを浮かべ善司の方へ寄っていった。
「自己犠牲の自己満足……ばっかみたい」
烏原亜紀が吐き捨て、苦笑した遠藤長太郎が彼女の肩を軽く叩き和美を追い掛ける。
それに淡白な一瞥を投げた遠藤真帆はおもむろにノートパソコンを取り出し、電源を入れると全ての外界をシャットアウトした。
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