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いよいよ出立の日、帰省の荷物を一つの風呂敷に包んだ僕は、旦那様とおかみさんに頭を下げた。
ご隠居様には、今朝一番に告げてある。
少し風邪を召したのか、ご隠居様は咳をされていた。
お暇を頂きます。
そう告げた僕に、おかみさんはカブのような白い手で、僕に銀貨を握らせた。
「田舎のかあちゃんに、土産でも買っていきな」
戸惑いを隠せない僕は、正直に言った。
今まで何かをもらったことがないから、相手に何を贈れば良いのかわかりません。
旦那様は、少し気の毒そうな面持ちで、眉毛をかきながら口を開いた。
「湯飲みとか…そうだな、傘とかもどうだ?
普段使えるものが喜ばれるさ」
旦那様が遠慮がちに言うのは、吉原からの朝帰りで、おかみさんの反応を伺っているんだろう。
田舎のかあちゃんも怖いが、おかみさんも怒ると怖い。
だけど、おかみさんが怒る対象は、いつもフラフラしている旦那様だった。
そんな二人は、僕は苦手なところもあるけど、好きだった。
僕は有り難く銀貨を頂戴し、有り難く二人の見送りを受けて、多摩へ向かった。
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