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大丈夫、大丈夫だと呪文のように心の内で繰り返して、冷蔵庫の黒へ手を差し入れる。
たぶんこの辺りにコーヒー牛乳の紙パックがあったはず、と黒の中で手をさまよわせていると、唐突に、何か柔らかくてふかふかしてあたたかいものに触った。
驚いて手を引くと、黒の中から一匹の黒猫がとび出して来る。
私はその黒猫に見覚えがあった。そういえば久しく見てはいなかったけれど、黒猫は近所の公園でたびたび見かけていた人懐っこい野良猫で、私は勝手にクロと名付けて呼んでいた。
黒猫は、クロと声を上げた私には見向きもせず、一目散に開けっ放しになっている洗濯機の中へとび込んだ。
洗濯機の中を覗き込むと、入れっぱなしにしているバスタオルのかわりに黒々とした何かがどろりと入り込んでいる。
おーい、出てこーい、と影も形も見当たらないクロに向かって呼びかけてみるけれど、反応はなかった。
私は何かしらを考えようとしかけたのだけど、やっぱり何も考えないことに決めて、洗濯機のふたを閉める。
コーヒー牛乳はあきらめて扇風機でも回して涼もう、と意識的に黒々とした何かのことは忘れた。
洗濯機も冷蔵庫もテレビも視界に入れないよう努めて扇風機を見ると、ちょうど羽が収まっているまるい部分がまるごと真っ黒になってる。
あっという間に扇風機の真っ黒い部分から黒い鳩が現れ、部屋の中を悠々自適に散策し始めた。
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