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私はその黒い鳩にも見覚えがあった。だけど、最後に見たのはいつのことだったか。黒い鳩は最寄り駅にいる鳩の中で一匹だけ全身が黒かったので、私は勝手にヒヤケと名付けて呼んでいる。
ヒヤケ、とささやくようにひっそり呼びかけると、黒い鳩は急に散策するのを止めて羽ばたき出し、私の横をすり抜けて電子レンジにとびついて消えた。
いつの間にやら電子レンジのガラスでできたドア部分が真っ黒になって蠢いている。
ヒヤケはこの黒の中に入ったらしい。
黒について考えることも、必死になって考えないようにすることもすっかり嫌になってしまった私は、次に何が起こってもいちいち驚かないようにしよう、と決めた。
もう、どこに黒が出現しようとも、そこから何が出てこようとも、絶対に反応しない、と。
なのに、いきなり軽快な音楽が鳴り出すものだから、私は早速びくりと反応してしまう。
音源は炊飯器だった。ごはんが炊けたのを知らせるメロディーが鳴っただけなのだけれど、そもそも私は炊飯器をセットした覚えがない。
外側からぱっと見たところ、炊飯器におかしな所はないけれど、ふたを開けて中を調べてみるべきか、このまま放置しておくべきか……。
悩んだ末におっかなびっくり炊飯器のふたに手をかける。
炊飯器を開けるのは怖いけれど、開けずに放置しておくのはもっと怖かった。
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