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ままよと炊飯器を開くと、中からすらりと人間の右手が生えてきた。
右手はくねくねと宙を踊っていたけれど、思い出したように炊飯器の縁を掴んで、頭から順にぐいぐいと身体を引っ張りだし、ついには炊飯器から這い出て一人の人間の姿で私の隣に並んで立った。
この人、どこかで見たことがあるなぁ、なんてぼんやりと眺めていたら、にこりと笑いかけられてしまう。
相手の笑顔を見て、その人が一体誰なのか思い当たってしまい、頭の中が真っ白になった。
この人は、私だ。
炊飯器の中から、ワタシが出てきた。
「今まであまりにも当然のようにして身近にあり、その存在を忘れてしまうくらいだったものがさ、突然ナクナルのって、言葉だけ聞くと、とてつもないことのように感じるけどね」
ワタシは私に、まるで仲の良い友人に語りかけるかのように親しげに意味不明な言葉を吐き出す。
「案外、どうってコトないのかもしれないよ?」
ごくごく自然な動作で、限りなく不自然な存在のワタシは私に手を差し出してきた。
「公園の黒猫がいなくなったって、駅の黒い鳩がいなくなったって、誰も気にしたりしないよね。
せいぜい、あ、今日はいないな……そういえば最近見ないな……なんて思う程度で。
それだって、時間が経てば黒猫や黒い鳩がいたということ自体、みんな忘れてしまう」
私は条件反射で差し出されたワタシの手を握る。
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