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俺がなんとなく紫縁眼鏡の男を見ていると、男は視線に気がついたのかこちらに顔を向けた。そしてゆっくりと、口を開いた。
「君は、何かあったのかな?」
「え」
「煙の吐き出しかたが、まるでため息のようだったから」
「……」
気を抜いていた自分を見られるというのはあまりいい気はしない。とくに恥じる理由もないし、なにかを取られる訳でもないのだが嫌なものは嫌、という奴だ。
しかし、邪険にするのもためらわれた。相手からすれば単なる世間話のつもりで言ったのかもいれないし、初対面で良くない態度をとれるほど、肝のある性格でもなかったからだ。
どうしようもなく俺は「たいした事じゃないですよ」なんて返事をしていた。ここまで言ってしまったら、そこからの言葉は川のようにすらすら流れ出た。
「大学のサークルなんですけど、最初は友達に誘われてはいったんですよ。特にやりたい事もなかったから」
「うん」
「そしたら、なんか空気が合わなくて……でも半端に突っ込んじゃったから辞めづらくなったんです。それどころか、今頃になってやりたいこととかも出てきて」
「うん」
「ハハハ、中途半端に混ざったせいでどっちつかずな邪魔者ですよ。当然っちゃ当然ですね」
「うん」
「さっきもサークル仲間から飲み会の誘いの電話があったんですけど、人の話に作った笑顔で話を合わせるだけか、話の輪から外されるだけかなんて考えたら嫌になって、断ったんです」
「うん」
「中途半端に人に合わせて。やりたいこともやりだしたら、時間なんてないし、お金も必要だ。でもそしたら更に時間もなくなります」
「うん」
「なんとなく、疲れたんですよ。やりたいこともやらないでやれることもやらないで他人に向けてばかり良い顔している自分に」
「うん」
「それでも俺はこれからも自分を作り続けるんだなとか思ったら……嫌気がさしますね。ええ、そりゃあもう、溜息位出てくるほどに」
「そうですか」
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