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2026年8月
新潟県の上越市と妙高市にまたがる関山演習場で、特別な演習が行われていた。
この関山演習場はかなりの広さを持つが、その殆んどが山林であるために戦車などの車両を使った訓練には向かない一方、山林での対人間の訓練を行うにはうってつけの場所だった。
今日ここで行われている演習は三等陸尉率いる現役陸軍自衛官の部隊と東都防衛学院の生徒が模擬戦を行うというもの。
しかしながら戦力差は歴然で、開始から二時間も経たずに勝負は決しようとしていた。
近年低下の一途をたどる日本の国家的地位を憂い、ひとえに愛国心から自衛官となった畑中二等陸士は、小銃を抱えて大木に体を預けていた。
顔には焦燥と困惑が色濃く浮かび、過酷な訓練にも耐える自衛官らしからぬ息のあがり方をしている。
今にも腰を下ろしてしまいそうだ。
「やっほーお兄さん。見付けたよー」
突然、神経質に辺りを伺う畑中の真上から能天気な声が降ってきた。
模擬戦の相手である東都防衛学院の生徒の一人、鳥原亜紀という少女だった。
迷彩服に模擬銃─ではなく、軽鎧を着込み、大きな剣を持っている。
おもちゃでないのなら、かなりの重量のはずだが何の音もたてずに枝の上に座り込んでいる。
畑中はすぐさま小銃を少女に向け引き金を引く。
小銃からは"実弾"が音速を越える速度で飛び出したが、発射された弾が異常な速度で木の幹の裏側に移動した少女に当たることは無かった。
「お兄さんまだやるー?私のは手加減が出来ないから困るんだよねぇ」
弾丸をいとも容易く回避した少女からの降伏勧告とも取れる言葉に、畑中はまるで漫画やゲームの中に迷い込んだ様だと薄く笑いながら小銃を投げ捨てた。
銃が自分の足元に投げられたのを確認した亜紀が畑中の前に現れる。
「お兄さん名前は?」
「畑中大剛だ。階級は二等陸士」
「畑中さんね。長太郎いる?」
亜紀が呼ぶと、すぐそばの木の影からヒーローが現れた。
ふざけている、と畑中は思った。
まるで日曜日に毎朝放送している戦隊ものよろしく、爪先から頭までを覆う赤いスーツを身に付けた者が現れたからだ。
「なんだよまた報告か?ヒーローに、んなことさせんなよなー」
「仕方無いでしょ、あんたが一番速いんだから。このお兄さんの名前は畑中さん、ほら真帆ちゃんと想一君に報告急いで」
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