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冗談めかして言うメルに、振り返ったソラは〝いつの間にか指輪をはめていた人差し指〟を口元にあてがって応じる。
状況開始は呼吸の間を縫うように、あまりに速やかだった。
「――いイえ、そレより悪いこトですよ。せんセい」
「っ!?」
歪んだ声が、場の雰囲気を一変させた。
無警戒だった。故に、無抵抗だった。
ぞわりと肌が総毛立つ。金縛りにされたように身体が痺れ、耳鳴りがする。
声が出ない。動けない。思考が掻き乱されている。
なにかが、決定的になにかがおかしい。原因は、おそらくあの指輪型の魔道具。だが、そうだとすれば――
「外のよウすを見に行くだけデす。すぐにかエってきますから、ゴ迷惑はオかけしませんよ。セんせいも心配なのでしょウ? ごあんシんを。任せてクだされば、悪いよウにはなりマせん。どうせ、こコでの会話もオぼえてはいられない。サぁ、いうとおりニ」
奇妙な抑揚を持って反響する言葉が、猛毒を滴らせて絡みつく。それは正常な思考能力を奪い、メルの精神を侵していた。
一言、一言と声が身体に染み込む度、足掻く気力も失われていく。息が詰まり、艶めかしい囁きが抗いがたい服従を強いる。
「さぁ、いウとおりに」
もう一度、繰り返される。
甘言の響きは、聞き手を奈落へ突き落とすように危険な色合いを帯びていた。
「――ボクのこトばを、今からイう、ボクのことバだけを、よく、きイて」
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