Act.0 序章

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   春先の静かで寒い夜、そこに立ち込めるまとわり付くような冷たい湿気。  光の無い闇夜の道に滴がポタリ……ポタリと落ち、そして今度はバケツをひっくり返したような大きな液体がバシャッと地面に落ちて広がる。  立ち込めるのは錆びた鉄のような匂い、そして広がった色は赤。 「ァァァ……」  小さなうめき声が聞こえる。  そのうめき声を出した人の形が、ぼたぼたと大量の赤を垂らしながら、まるで酔ったようにヨロヨロとふらついている。その動きはまるで壊れた操り人形のようで、正常な意識が感じられない。 「ぁぁ、ァァ……あ゙────!!!!」  そして急に声を大きくして、獣のように叫ぼうとしたその悲鳴は何かにかき消される。  血走った瞳は異様なほど見開かれギョロギョロと動き回り、焦点も満足に定まっていない。誰が見てもその様子は異常、正気ではない。 「かっ……は……ァ」  肺から空気を全て出し尽くしたような声を出し、力尽き壊れて終わったかのように、人形は膝から崩れて自身が作った血溜まりに沈む。鉄臭い赤が飛び散る。 「……ふふ」  その様子を見ていたのか、闇の向こうから響く不敵な笑い声。  わかっていたのだろうか。数分と経たぬ内に血溜まりの上の人形がピクリと動く。そしてシルエットはぎこちない動きではありながら、ゆっくりと身体を起こす。  “事切れたはず”のそれが動き出す。 「……ふふ」  それが至極当然だとでもいうような、動揺は微塵も無い小さな笑い。  そして、壊れたはずの人形は人形に成り果てる。  
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