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タツヤは無言で席を立った。
これ以上、ナオヤという目の前にいる男と会話を続けるのは限界だった。
この男が嘘を付いていたとしたら、チサには何も起こらない。そうじゃなければ、自分はとんでもないものを目撃する事になるかもしれない。
タツヤにとって、それはただの好奇心だったのか、チサへの恨みの感情があったのか、はっきりとはしない。
だが――どんな結果になるにせよ、それを確認しないでここにいる事こそ、一番勿体ない事のような気がした。
「その表情だと、行くつもりなんだね?」
「――ああ」
さっきまで散々他者を馬鹿にしてきたのに。自分こそが最も愚かな好奇心を持っている人物のようだ――タツヤは自嘲した。
それをからかうでもなく、ナオヤは真剣な眼差しでタツヤを見た。
「後悔するなよ。そして、何が起きても慌てるな」
本当に、その何かが起きてしまった場合、タツヤはどうするのか考えたが、結局その場に直面しないと答えは出ないだろうと思った。
「肝に銘じておくよ」
講義は始まっている。今から少し遅れてやってきた学生を装うのなんて簡単な事。
周りの学生だって、一度部屋を出て行ったヤツが帰ってきたからといって不審がる事もないだろう。
そうこうしている間に、その何かが起きてしまっては仕方が無い。
タツヤは再びあの部屋に戻るために、階段を上っていかなければいけないのかと思うと辟易した。
だが、やるしかない。「よし」と一声発すると、タツヤは勢い良く走り出した。
退屈な大学生活。苛立つ事の連続な毎日。
たまにはこんな刺激も悪くない――その時のタツヤはそんな安易な気持ちでいた。
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