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「来て、くれたの?」
「ああ」
チサの足が一歩、タツヤに歩み寄る。
「……」
思わず、タツヤの一歩足が下がった。
意識したわけではない。無意識にチサが近づいてくる事に危機感を感じてしまった。
「お、俺も……急いで職員に連絡してくる――っ!」
掛け声と共に駆け出す足音。チサの彼氏はこの状況で逃げる事を選んだようだった。
普通なら、彼女が彼氏である自分に声をかけず、元彼氏に声をかける事に腹でも立てるんじゃないのか。タツヤはそう思ったが、その考えは一瞬で吹き飛んだ。
今、この場にいるのはタツヤとチサの2人だけ。
チサがタツヤに危害を加えるとは、決して思えない。
だが……チサが何か未知の感染症にでも冒されていたらどうする?
空気感染はしないのか。なかったとしても、血液感染はありえるだろう。
自分もこんな風にして死んでしまうかもしれない――その一瞬の考えが、チサの接近を拒む行動へと移ったのだと自覚した。
「タツヤは、逃げないよね……?」
もちろんだ。そう答えたい。それなのに、その答えが口から出てこない。
どうしたらいい――自問しても答えは出てこなかった。はっきりとタツヤがわかっているのは、今のこの状況は一歩間違えれば自分の命を失いかねないという事だけ。
さっき、逃げ出した他人を蔑んだのは誰だったか。その行動が結果として自分を危険な目に合わせているだけじゃないのか。
ナオヤとかいう男の戯言なんて真に受けず、そのまま講義をサボっていればよかったんだ――タツヤはそう後悔した。
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