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「私のこと……き、らい?」
チサがそう問いかける。その時にも開いた口から、真っ赤な血が垂れる。
この状況では、イエスともノーとも答えられない。
「お、お前が俺を裏切ったんだ」
かろうじて口から出た言葉がこれだった。
「ごめん……わかっ、てる……あ、やま、る……ごふっ」
再び口から大量の血を吐き出す。床に落ちた血は跳ね返ってタツヤの靴に降りかかる。
今度は意図的に足を引っ込めたりはしなかった。そうする事でチサは傷つくから。タツヤ自身がそうしない事で他人とは違うところを見せ付けたかったから。
真意はタツヤ自身にもわからなかった。
「大丈夫か」
「い、たい、よ。怖い、よ……」
チサは震えていた。
もしも、チサが目に見えない病に冒されていて、死の淵にいたとしたら、タツヤは無条件に抱きしめていただろう。
だけど、それだけはどうしても出来ない。
靴ぐらいなら許してやるが、そこまで踏み込んで何になる――タツヤの心の中で誰かがそう叫んでいた。
「もうすぐ救急車も来る。それまで待つんだ」
自分でそう言っておいて、それがただの慰めでしかない事は重々承知の上だった。
それでも、今のチサに言える言葉はそれっぽっちしかない。
「タツヤ……あな、た……」
チサの真っ赤な目がタツヤに注がれる。その目は、タツヤの心の奥底を見据え、何かを訴えていた。
「やめろ。俺に何も言うな!」
タツヤは叫んだ。
それが、チサと交わした最後の言葉となった。
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