三章

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 話を終えると、少年は、何だよそれ、狡いじゃないか、と文句を言い始めた。どうも、俺の布を出せる力が羨ましいらしい。  先程の話でわかってはいたが、俺の力を同様に振るう者はいないらしい。やはり自分でも、一体全体分からない。  メタ認知の為の材料が、明らかに足りないのだ。何らかの要因があるのだろうが、その差異は一体如何なる所からかは、他者比較を考えても自己分析を望んでも、畢竟届き得ない。これは良くない。暗中模索を覚悟していたが、等活地獄への迷惑な門が有る中でてくてくとは、俺には出来ない。 「俺は知らないのだから、俺に聞いて呉れるな」 「えぇっ。持ち主ならば分かるんじゃないの」 「それを言うならば吾党(わとう)は自分の能力をきちんと観照できるのかい。例えば君もまた異端ではあるのだろうけど、その理由は余すところ無く俺に言えるのか」  そう言い返してやると、少年は攻め倦(あぐ)ねたか、可愛らしく俯いたままにすっかり黙り込んでしまった。少し悪戯が過ぎただろうか。  まあ良いやと開き直った少年は、そのまま改めて女性の糸に触れた。直後にするりと降りて来たその糸と、それに連なる泡。俺もまた、そちらを見る事にした。……ほう、中々に残酷な人生を送っている。  この泡は彼女の視座で全ての事象が再生されているらしいのだが、幼少期にはもう既に被虐嗜好の変態に仕立てられ、媾合こそ無けれども、長い間その異常嗜好に悩まされていたようだ。  主に価値観の相違が、彼女を困惑せしめた。暴力に悪印象を持たなくなってしまった故に、何だか知れぬ奴と見なされ、先生も不思議に見ていたし、生徒も不審な奴と見なしていた。  未来へと目を向けると、最終的に彼女は幾度と体を売る事になり、最終的に心を病み、こゝろのKのように頸動脈を短刀で切って自殺、と碌な幸せを味わえぬままに人生を終えていた。 「あら、これは惨いねぇ」 「そうだな……。しかし、とんでもない代物を引き当てたものだなぁ、君。俄(にわか)には信じ難いが、こんな人も居るのだな」 「うむ。しかし不遇だね」  少年が不遇と述べたのには、確たる理由が有った。とある泡に浮かぶ映像に、微かに鼓と三味線を操る様があるのだが、それはほんの少ししか触れておらぬにも拘わらず『地上』の冬子と比肩する程の、確たる才が有ったのだ。
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