四章

23/23
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/106ページ
 そのアフリマンの行動に、俺は呆れを見せる。全く、賢い奴は馬鹿だ。自分の想定を常に妥当性で推測する。人間への忖度(そんたく)など、考えた事もないのだろう。人の心なんて、こいつには何ら意味のなさないものなのだろう。全く、頭の悪い。 「何か、勘違いしているのではないか」 『何だと』  俺の手は、いつぞやと同じく縛られているが、この手にはその時には無かった武器が握られているのだ。  声色や目付きこそ分からないが、世界の震えが教える。今、こいつは確かに動揺している。 『なに、それは我が身。なぜ汝がそれを持つ。我が輩はあくまでも独(ひと)つ。それより上もそれ未満も有り得はせぬ。平行世界だと。否否否、断じて否。その可能性は世界に承認されておらぬ。ズルワーンとかいう愚物やクロノスが司りし、時間が崩壊する!それだけは、何人たりとも、何物たりとも不可能な道。物理にも精神にも変わらない普遍!――そうか、違反していたか。世界の法則が一つ、『無限大の速度に達することはできぬ』に違反したか!我にもアフラ・マズダーにも、況んや全ての次元に存在するものが成せなかった、世界の法則を破ったというのか!』 「何の邪推だか知らないが、俺にはそんな力は有りはしない。ただ、ほんの少しだけ幸運なだけだ」 『幸運だと。そんなものは有りはしない。全ては因果の中で起こり、起こらぬ故に奇跡と呼ぶのだ。世界にはそんな弱者を救う仕組みなど有りはせぬ。革命家は生まれつきの強者なだけだ、決して弱者たらず』 「ははははは、いや奇跡は起こる。俺が持つこれこそがその証明。実体を持ち得ぬ実体が、奇跡を立証するに値するもの」  俺は臙脂の布を小さく振るう。それは、ほんの少しだけ、筋肉の小さな微動とも取れるほどだけだ。しかし、それで一切が終了する。質量を持たない物体には少しの力を加えれば、恰も無限の如き運動量を孕むのだから。 「さあ、先の話をしよう。俺はお前を『食わない』。『殺す』だけだ。お前など、全てを知る権利を持たぬ紛い物など、喰らうにも値しない。もはや、命乞いを聞く耳は持たぬぞ。さあ、死ね!」  俺の意志が侵食したアンラ・マンユの肉体が、まるで俺の神経が通っているかのように、世界を縦横無尽に動く。世界を蹂躙せんと。
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!