五章

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「ぐ、が、はっ」  眼鏡をかけた青年が、漸く目を覚ました。彼が見た世界は、気絶する直前と変わらず『狂人が支離滅裂を叫ぶだけの世界』だ。  気違いの戯言を背景に青年は立ち上がり、ふと周囲を見渡した。相棒は直ぐ横に倒れている。何処ぞの少年のお負け付きだ。しかし、肝腎の青年が居ない。 「ちっ、アフリマンの依り代を逃したか」  彼はそう呟いてから、相棒を起こす。ううと呻いてから、坊主頭の袴男は何とか起き上がった。  袴を少しだけ取り繕ってから、口を開く。 「すまん、俺が奴の認識を破壊し続けていたら良かったのだが」 「いや、寧ろ途中で止めて良かったかも知れない。あのままやっていたら、君の脳内にあの気違いの情報が溢れていたかも知れないよ」 「そいつは御免を被りたいな」  互いを励ましてから、二人は辺りに目をやる。『大昔から今まで』少しも変わらず、人々が思い思いを叫び回る。丁度目の前に走って来た裸の男が、ロンゴロンゴを読みながら左手で意味もなくナイフを握り、身体全体に振り撒かれた蜂蜜を舐めている。ここではいつもの事だ。  彼らが巡回している世界の中でも、群を抜いて【狂った】世界。人間が、機能していないのだ。他の世界にも狂人は存在する。しかしここは世界が狂っている。  見よ、太陽が天頂で螺旋運動を始めた!かと思いきや、直線運動に変わり、世界は妖しく照らされるのだ! 「しかし、何故ここは秩序が消失しているのだろう」 「それは、人間から関連という概念が消失しているからだろうね」 「そんなものが消えるなんて、普通起こりうるのか」 「知らないよ、そんな事。僕だってここ以外は知らないんだから。誰かが脳味噌弄ったんじゃないのかな」 「この規模の人間全員を、か」 「だから、僕に聞かないでくれ。或いは、そこで気絶している少年なら何か知っているかもしれないよ。アフリマンの依り代と仲が良いようだし」  二人がたわいない話をしていると、それによって起こされたか、少年が目をぼうっと開いた。
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