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「まあ、花泥棒は罪にならないとは申しますが、セントジョンズワートは数に限りがありますし」
「は?そのセントジョンズなんとかって何ですか?」
「ハーブの一種ですわ。聖ヨハネのハーブという意味です。ほら、もうすぐ6月24日でしょう?」
「あ、あはは、すみません、私はクリスチャンではないので何の事か……」
「6月24日は聖ヨハネの誕生日だとされています」
「へえ。あら、でもキリスト教の聖者の記念日ってたいてい亡くなった日とかですよね。誕生日が記念日の聖人なんて初めて聞きました」
「誕生日が記念日になっているのは、イエス様、聖母マリア様、そしてヨハネ様の三人だけです。ですからヨハネ様にちなむハーブもまた別格なのですよ」
「え?ヨハネってキリストの弟子ですよね。確か12使徒とかの一人。どうして一人だけイエス様やマリア様と並んで別格なんですか?」
「神津先生がおっしゃっているのは使徒ヨハネの方でしょう?そちらではなく、『洗礼者ヨハネ』という方が別にいらっしゃったのです。修行の上ではイエス様の先輩にあたられる方で、イエス様に洗礼を授けたほどの聖者なのです。ですから名前は同じでも、洗礼者ヨハネ様は別格なのですよ」
「へええ!あの、それで、そのハーブって何に効くんですか?」
「洗礼者ヨハネ様の誕生日の前日、つまりイブに、未婚の女性がそのハーブを枕の下に敷いて寝ると、夢の中に将来の夫の姿が現れるという俗信もあるのです。ほら、ここは年頃で当然未婚の若い女の子がたくさんおりますでしょ?こっそり摘んで行ってしまう事が昔から多いのですよ。それでこの時期になると、警戒も厳重に、というわけで。ああ、ほら、それがセントジョンズワートですわ」
そう言ってシスターは一つかみの草を摘んで環に渡した。
「沈静効果もありますから、先生もお使いになって下さい」
「え!でも、いいんですか。たった今、数に限りがあるから、とおっしゃっていた物なのでは?」
「いいえ、先生には先日おいしいお菓子をいただきましたから」
「あ、いえ、あれは出張のついでで皆さんにも……それに私そんなつもりでは……」
「まあまあ、遠慮はご無用です」
「そ、そうですか、ではありがたくいただいておきます」
「昔から言いますでしょ。『魚心あれば下心』って」
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